2014年09月

地球人

昔々のことだが、老生は一時科技庁(現在の文科省)傘下のさる研究開発機関に出向していたことがある。その機関のある応接室には江田五月氏の色紙が飾られていた。色紙には「地球人たれ」とあった。

江田氏は細川政権時に科技庁長官だったので、その際にこの機関にも配布されたと見える。「地球人たれ」とはどういった趣旨なのか、文学的リテラシーにはとんとうとい老生には解りかねたが、その当時、「地球人」とか、「世界人」とかはリベラルな方には好きな言葉らしかったので、おそらくは、世界的視野を持って行動せよくらいの意味合いかなあとぼんやりと思っていたものである。もっとも、あまり回転がよろしくない老生には、実際のところこういった気宇壮大な言葉をどう受け取るべきかはてんでわからなかった。

これが「地球人たれ」で、「宇宙人たれ」でなかったのは老生にはまことに幸いであった。というのは、老生はSFフアンなので、「宇宙人」と聞くと、すぐ映画のエイリアンを憶いだすのである。ご存じないかたはいないと思うが、エイリアンは怪奇映画の傑作で非常な評判を呼び、続編は4まで出た。ビデオを含め、何回も何回もみたので、もう少しで夢でうなされそうになったくらいである。同種の怪奇宇宙人の映画には「プレデター」もあり、これも実に恐ろしい映画であった。ついには「エイリアン対プレデター」なんて映画まで見た。しかし、この映画は下品な表現で恐縮だが、まるっきりクソであった。万一、色紙に「宇宙人たれ」なんてあったら、老生は後々までトラウマを引きずっていたに相違ない。

昔の成田空港の入国審査は日本人、外国人の区別があり、外国人の英訳には「Alien」とあった。ずばり、エイリアンである。当時知り合いの米人に非常に不快といわれたこともある。おそらく係官にはそんな感覚はなかったであろう。「日本人」というのも日本国籍なのか、人種としての日本人なのか不明確である。前者にきまってるというのは当局の言い分であろう。米国だと「US Citizen」であるから誤解の余地がない。いまでは、ずいぶん改善されたと思うが、日本人同士には通じるが、外国人にはとんと通じない言葉はかなりあるのではないだろうか。「世界人」とか「地球人」とかは世界に通じる言葉なのだろうか、ご存じの方にはご教示いただきたいものである。

日本では「宇宙人」を自称する政治家まで出たが、これも好意的に受け取られる前提であろう。英語に「Space man」なる語はあるようだが、「Astronaut:宇宙飛行士」の意味であるから、日本人の考える「宇宙人」とは違うようである。もし、語感の違いを承知しているなら、ある意味、実に卑怯な言い方でもある。

雨中の睡蓮

H26_9_7_suiren
先日までの猛暑ではげんなりしていましたが、ここのところしのぎやすくなってきました。睡蓮も少し元気を取り戻したようです。